fashion

ストッキング脱ぎ捨てて好きな靴下を穿い私は自由!ってやってる

 

もうすぐ地底旅行を読み終わるのが悲しくてロスト過ぎて同人誌書き出しそう。

english

そういえば、私はたぶん最近までどうして英語で話していきたいかって、話せることで「加点」されようとしてたのかもしれないなって思った。

ちゃんと通訳していただけて、やっぱり大事なのは作ってるものだし、英語なんてどうでもいい。最近は相手が言ってることをより理解したいって気持ちで英語勉強してる

Story

ストーリーというのは、恐怖を作る。

 

同じウサギが並んでいても、タイトルが違うものがついていると、違うストーリーとして語られる。

write

日記

◇手紙とお礼

手紙でお礼を述べる時、だいたい感謝には定型があって、

序文と末文で囲って事前に作っておくと、本当に感謝した内容について

じっくりと書けて大好き。

 

ペンを持っている手が、伝えたいことを真ん中で書いて、それ以外の飾りを広げていく手順を観察すると、手のひらが花開いていくみたいだと思う。(フリック入力とキーボード入力についてもそれが言えて、フリックだと小さな思いつきを開かせるイメージだし、もっと書きたいと思ったら手のひら全部使うキーボードを使う。)

 

◇毒山さんの展示を見る前にメモ

私はふつうに生きていたら、マスコミのことをマスゴミという人間だったと思うけど、ジャーナリズムを魂にしている夫と結婚して、そういう風に思えなくなってしまった。

見る前にこういうことを言うのはどうかと思うけど、見た後に気持ちも変わると思うから、毒山凡太郎さんの慰安婦へのインタビューの作品を見る前に書いておこうと思う。過去の体験を、相手が拒否するのにも関わらず聞くような姿勢は、私にとっては腹がたつし関らないで欲しい。だが、夫に言わせれば、ジャーナリズムはいつも「踏み込む」。

人は初めて会った人に心を開くのに時間がかかる。だから、最初に会った人から、「核心」をすくい上げるには、ギョッとするようなことを聞くのだと。

ジャーナリズムとして、全員が傷つき、すくい上げるべき光る物が取り上げられれば万歳だが、ジャーナリズムもどきの、相手に聞く姿勢そのものを「丁寧っぽく」見せるアート作品はたくさん見てきた。そういう作品は、ジャーナリズムとしては価値がゼロだし、アート作品としては愛がない。

noruhasymposium

「肉が柔らかくなるまで未来について話す」のシンポジウム、ありがとうございました。勉強させていただくつもりで行って、ウワッもっと話したいワアとなったところでお開きで、3hというのはあっというまですね。

 

上演について

円盤に乗る派 ッして帰路なのだが、北千住の地上にいた人たちは地下でこんなに愉快で切ない上演がされていることに気づいてるんだろか。地面の下でこんなに生活している。ちょっと壕を掘って寄り集まってるみたいな気分だった。

 

確かにポーズは面白い、それぞれの役者の身体が特徴的で愉快で笑えてしまう…、なのだけど、その笑える点は、「自分にしかわからないだろうな」と思いきや、周りも笑っているので、「あれッ、これってもしかして弱者を笑っていることになってしまっているのでは?」と、自分が笑ってしまったことに自分でヒいてしまう。滑稽さを笑ってしまう自分に気づいてしまう。最初っぽいシーンのポーズを見て、「やはりカゲヤマくんは天才では…?」と思ったので、ぜひみてほしいな。7月10日(火)までだそうです。

ウェブサイト

competition memo

コンペをやってる時はわりと息が苦しいので、別人格でやるしかないよなと思っています。

なるべく、やるぞっていうことはやるのですが、絵でも、刺繍でも、衣装でも、抽象でも具象でもどっちでもいいけど、どっちでもいいんだぞってことをちゃんとやることには気をつけているので。

 

コンペのメモは、もうgmailになんでも書くんじゃなくてこういうとこで書いてもいいかもしれない。

competition memo

http://mmag.pref.gunma.jp/exhibition/schedule/image/bien/GBYA2019_A3.pdf

群馬青年ビエンナーレ

coffee

好きな料理の写真をアップしている人の写真に、「ごみみたいな写真でショックだった!」と、その料理のファンの人がコメントをぶら下げる。それを見た私もショックを受ける。私がなやんでいることは、いつも小さなこと。「小さなことの方がひきずるよね、大きなことは思い切り打ち返せるのにね」と、友人がなぐさめてくれた。

 

写真は最近通っているリカーショップで挽いてもらったコーヒー粉。深煎コロンビアブレンド美味しい。アイスコーヒーにあうそうです。

20180630

この付け合わせのとこだけ夫に食べてもらったけどそれぞれうまい。そしてメインの 頂き!成り上がり飯のサンドイッチほんと美味しいーツナはしっかり水気を取ってパンはトーストしたよ。私はケニー派。

Peoplewhoneedhelp

日記。

今日は義理のお姉さんたちに会うんだ〜楽しみ。

東京土産に、コレド室町地下の日本橋案内所のお土産いい感じだったー。まころん買ったよ。

 

 

さて、困ってる人について。

あいつは危険因子だみたいな意味で、は〜〜、困った人ですね!困ったちゃんですね!みたいな表現ってあると思うけど、こまったちゃんなんていないんじゃないか。ただ、現在進行形で、困っている人がいるんじゃないか。

 

鍵をなくしてしまったり、みんなのライングループでいくら質問されても返事ができなかったり、毎月の入金を忘れてしまったりする。そういう人は、ただただ、自分で、困っている最中にいるんじゃないか。

20180628

日記。

あんスタをはじめたんだけど真波目指して10000km目指してたのでかなり辛い。。もう保健室行きたくない。ポチポチゲーは無理だったかなぁと思ったんですが、カードのストーリー面白いですね。サブストーリーではまるかもしれない。真くんとアドニスくんのキャラがつかめなくてはまるかもしれない。

4日間休みがあってあんすたしてたんですが、あれですね。4日やすむと4連勤苦にならないし、観光案内もできるし、夕方は事業計画とか財務計画とかもたてれちゃいますね。四連続休みはおすすめ。

 

そういえば

 

この記事良かったです。

適切な人の配置があるように、お金も適切に配置すべきという考えを持っている」とのこと。

 

trashtalk

陰口について考えてみたんだけど、どこまでも一面陰のない世界になんて生きていけないし権力者の作った幻想でしょう。そして、陰で深いものや今熱いものなんかについてを学ぶ。一緒に陰者になれない人間ってのは寂しい人間だし、どこまでも白くて本当につまらないと思う。

世界を見渡して見ても、やっぱりスラングが一番口に出されているでしょう。だから、「悪口や愚痴を言ってばかりの場所からは逃げなさい」というのは真理やと思うけど、その陰湿さや陰の中で、一緒に悪者になれる人にだけ与えられる何かというのはある。

 

 

※でしょう、でしょう、ばかりの気持ち悪い文になった。

6月16日の #tttv 。女の子の「セブンイレブンの準備してるの?」について

www.tokyoartbeat.com

【セブンイレブンをコピペした中央本線画廊での美術家・トモトシの個展について、警察への通報があった際に現場にいた私が見た状況と思ったことをテキストに書いたものです。美術というものの社会的状況におけるアクティビズムや政治主張的な運動として消費されていくだけなのは、少し作品の核心部と違うと思うので、現場にいたり作家一個人の姿勢のようなものを(※)わりと継続的に見ている人間の一つの感想として読んでいただけたらと思います。作家にべったーじゃなくてもいいんじゃない?って言われたので、ここで…】

 

トモトシさんはこの動画群を世に出す前に、かなりの割合で「撮影失敗」している。
例えば、メルカリでミニストップの制服を購入し、ミニストップに行って「掃除しますね」と店員に声をかけて掃除したり棚卸しをしたりする。彼曰く、「20件行って4件くらいOKされる」とのことで、見事に4/5は不審がられて断られている。

私はその話を聞いた時、「この人の気持ちの【もち】はすごいな」と素直に感心した。
私だったら、確実に成功する方法を選ぶか、旋風のごとく押し通す。
しかし、トモトシさんは、じわじわと、成功の5倍くらいの失敗案件を重ねて、いわゆる世間に、「うっかりオッケー」をもらって、監視カメラに映っていても違和感がない、いやしかし、アルバイトでもないのに実は掃除をしている謎人間をカメラにおさめることに成功する。
厳しいことを言えば、私は彼の「フルーツとしてお金を売る」は、とても好きな作品でありながら、どこか牧歌的で、コミュニケーションをとることを対価にしすぎているようにも思っていた。彼はよく自分の作品を「ワンアイディア」というが、それはよくも悪くもその通りで、「ワンアイディア」を世間に投下することによる波紋に、期待を抱きすぎているように私には思える。

今回の展示においては、cctv的な作品群が並べられているようにも思えるけど、見る側からすると、すぐに没入できないというか、作家のアイディアに辛抱強く入っていける余地が残されていないように感じた。あるいは、見る側はそんなに気持ちのもちが良くない(ように設計されている)。インスタレーションの展示は、シングルチャンネルなら誰がインストールしてもなんとか見ることができると思うけど、今回の多くのチャンネルを見せる作品は、それぞれの意図がほとんど違った問いを狙ってばらばらに作ったものなので、どうしてもツルっと画面を見て終わってしまうように思う。それこそ、「フルーツとしてお金を売る」でお金を買った人くらい、足を止めて作家の意図をじっくりどっしり聞いてくれる人が、じわじわとその良さを楽しめるような設計だと。

話は変わるけど、私が来た時に、ドアが開いて、黄緑のパーカーを来た方が、「お店の子?」と聞いて来て、私は違いますが入れるみたいですよと答えた。その人こそ、苦情通報の本人だったわけだけど、警視庁の服を着た人も来て、その人は割とおおらかで、しかし、「パロってるならちょっと変えないと」とか、意図とずれていく、市井の意見も聞けたのが良かった。

そして、外のソファで本を読んでいたら(トモトシさんにその騒動の録音?を送信していたので待っていた)、小学生の女の子が通りかかって、私に、「セブンイレブンの準備してるの?」と聞いて来た。セブンイレブンの準備、してるのかもしれないね、どうしてそう思ったの?と聞くと、「セブンイレブンだから」と返って来た。準備に見えるということは、ここは、まだセブンイレブン未満なんだろうけど、でも準備をしていると思えるくらい、ほぼセブンイレブンなんだと思って、ちょっと感動した。私は、こんなに大変な思いや、信じられないくらい、私だったら2回くらいでめげてやめているであろうことを、コツコツと、とりあえず意図となんとかぶれないように注意して続けている作品が、これはすごいな、と思った。(批評じゃなくて友人論になってしまったのが恥ずかしい。)
そういえば、警視庁の人が来た時、トモトシさんが黄緑パーカーの人に、「みんながちょっと笑顔になれるようなことがしたくて」と言っていて、私は嘘つけよ、と思ったけど、よく考えたら、トモトシさんにとっては本当にみんなを笑顔にしたいのかもしれない。私はそれは美術とは違うと思うけど、トモトシさんが捕まり慣れしすぎて「みんなを笑顔にしたくてやったんですよね」といったわけではなくて、マジで、マジで本心でみんなのために、なんだか、もはやテーマとかとかなりずれてるかもしれないけど、むしろずれすぎて、一周してドストライクど真ん中に、「不思議な社会」への提起というテーマに届いてしまっているのかもしれない。私は「みんなが笑顔になれる」ていうのは美術とは違うと思うけれど、でも。

 

※作家一個人の姿勢というのは、彼のスタンスが世相の反映を切り取ったものでも、表現というものの現代の社会的な立ち位置を代表したものでもないということだ。彼の今後の動きが注目されるが、少なくとも私だったらそうじゃないかという考えでしかないが、彼は既存の考えで捉えられる程度の「これが今の社会だよね!」的なものの代表として扱われることを、ひどくむずがゆく思うのではないか。

paint

絵の具を新調した

右は、もともと使っていたもの、左は新調のもの。

パステルブルーをゴールデンのアクアブルーに変えました。

ゴールデン、韓国時代から使い始めてほんとすき

パステルブルー PB15:3

アクアブルー PB15:4

nairikusen

kitakita で、バター餅などをいただいてのんびりし、電撃さんにも会って、よかった。

時間を確認して、内陸線へ。

「自炊するんだよ」と、宿泊予定のゲストハウスORIYAMAKEを設計したまでぃさんより。

夜ご飯として鶏肉とかししゃもとかを電撃さんと買いにいった。

今、秋田で秋田犬をモチーフにする動きがあるみたい。

時間によって、マタギ車両が走ることもあるようです。

最後の日に阿仁合にも行けるんだけど、あそこも三角形の良い駅です。

阿仁前田駅直結のクウィンス森吉で、温泉。

露天もあって、近所の人も来ていて、よい。

織山さんが迎えに来てくださり、車でゲストハウスへ。

 

これがまでぃの設計したゲストハウス。

この窓を、二日目に私は開けられるようになった。

キツツキが開けた穴をイメージした穴が空いている。

こっちが、キツツキが開けた穴。

 

こちらは、キツツキが開けた穴をイメージして開けた廊下であり、窓。

クロモジ茶を入れて頂きました。

 

フロント。昔からあったタンスを半分にしてフロントの机にしたそうです。

こんな感じで、昔からあるものを上手にリユースしている。

しかし、新築で建てたほうが500万は安いそうです。

それでも昔からのものを使う方を選んだ織山さんはすごい。

こちらは、西オーストラリアから一ヶ月秋田に遊びに来た小学生が伝えた遊び。

ワロック。

west

Australia

で、W A

の、石 rock だそうです。

 

絵付けをした石を、隠して、見つける遊びです。

私も後で阿仁合でひとつ見つけました。

 

takanosu

朝はモヤモヤしてしまっていたみたいで、夜は浅くしか眠れず、そのまま5時半に起きて6時頃出て、モノレールで空港へ。

トーストを食べた。

マイル貯めることはないと思うけど、なんとなくマイルが貯まった。

飛行機見ながらコーヒー飲むの良いですね。

窓をずっと見ていた。山が多くて、平地が少ない。人が住めるところって本当に平地なんだなあ。

結構あっという間についた。

ちょこっと早くついた気がする。

ゆっくりしてたら、バスがあと五分で行きますと言われて乗った。

 

建築や内装などをしている友人の仕事場についた。

観光案内所に行って、kitakitaって言って通じなくて、前にあったkitakitaの場所は空所になっていたので、向かいの河哲倉庫覗いたら、kitakitaだった。

二階から見るとこんな感じ。良いスペース。

昼は大盛り有名なナポリタンに来たけど、食べきりたいから、少なめでお願いしますといった。

確かのど自慢をみた。

佐金酒造さんにまでぃさんと行って買ったお酒。

横手のお酒です。

日活書店で買った湊かなえ。「空の彼方」という短編がとてもよくて、囲炉裏の近くでひとつだけ読み切ってしまった。

帰る前にもう一度鷹ノ巣戻ると思ってたけど、根森田を満喫してしまってギリギリまでいてしまったので、やはり久しぶりに会えたあの一瞬を大事にしてよかった。

 

根森田

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飛行機で大館能代空港について、デザイナーの友人の観光案内所に立ち寄って、内陸線で阿仁前田駅へ。

駅直結の温泉で温もって。

 

宿について荷物を降ろして、シャボン玉したり絵を描いたり。

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川の魚を隣の方が釣ったとのことで、いろりで焼いてもらいました。私も串に刺したよ。

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クロモジ茶を入れてもらいました。

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もろに、と言って、マタギが山に入る時、燻して体を清めるそうです。

※追記 もろび、だそうです。

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いろり。

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雪靴だそうです。

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二日目。おにぎりです。

いぶりがっこという漬物が美味しすぎて、三日目に探して購入しました。

 

ツアーにしてもらって、小又峡の三階滝を見てきました。

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杉がぽつんと。太平湖です。太平という会社がダムを作って、このダムは相当古いのでほぼ野生の感じになってます。

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今の時期ものすごく咲いていた牛ツツジ。牛が食べないそうです。

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大穴のなかに石が入って、円を描くように回って大穴を削り、また穴が大きくなるんだとか。

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夜はきりたんぽです。
私も5年ぶりに作りました。

 

いっしょに出てきた「がっこ」と「はたはたのお寿司」が美味しくて忘れられないです。

 

 

5年前のアーティストインレジデンスぶりに根森田に来ましたが、満喫しています。

良いお宿ですねと言われるんですが、最近できた良いお宿なんです。

 

Guest house ORIYAMAKE というところです。

https://www.oriyamake.com

Airbnbに登録しての予約になります。

 

私は鳥を捌く体験も前にさせていただけましたが、そちらの体験はいつもやっているのではなくて、年に一度くらい企画するそうなので、織山さんに聞いてみてください。

 

こうやって、一度滞在したところにまた帰ってこれると良いですよね。

「また来ます〜」っていうのは、簡単なことじゃないけど、シンプルなことで、たまたま時間をとれて、タイミング良く安心して宿泊できる「場所」が待っていてくれたのでできた旅行でした。いろいろな巡り合わせに感謝です。

また新しい体験をさせていただけました。

 

まだいくつか写真があるので、また書くと思います。

past

過去は思い出、思い出は形

今年の5月の楽しかったデート、友人との遊びをトラベラーズノートに書きとめた。その友人とパンを食べながら、「中学の時は友達が全然いなくて本読んでた。その時間はとてもよかった」ということを言った。言って、帰ってきてから、私は引っ越す前に金沢でちゃんと仲良くしてくれていた人たちのことを思い返した。劇団さくらんぼで同じ年だった中野さんは本当に優しい子で、大体の人間はこのように優しい人間ばかりだと思っていた。小学校も同じで、最初に縄跳びをしてるところに近づいて言って、「集団下校が同じ!」ということでよく遊んだあかりちゃんまゆりちゃん。喧嘩の内容なども思い出せるほどに、ささいなことで喧嘩して、本当に素晴らしい日々だった。友達にも終わりがあって、私は引越しをしたので、劇団が同じだった子に至っては連絡先もぜんぜんわからない。ぜんぜん友達がいなかったとき、それでも自分は「前に友達がいて、一緒に歩いたり公園にいったりした。だから私はだいじょうぶ」ということがわかっていた。いつでも未来しかみたくない、というよりも、「過去は、今を温めるためにとっておく」というほうが、私は好きだ。思い出はまた、今に形作られるのだから。

婚後の話 1

◇籠の目

南富山行きの路面電車の窓に映る山々が雪を冠のようにして空との境界線をはっきりと分かち、私たちを見ていた。12月の空はすっきりと青く、東京よりも水分を含んだ空気にほっとする。私たちは富大で電車を降りた。新井五差路さんの歩幅が大きく、気づいたらずっと先にいて私を呼んでいた。「はやめに行かないと、雨が降ったらみれません」と、立山が見えなくなる心配をしてくれた。呉羽山の民芸村から頂上まで、まだあと15分はかかりそうだ。ここに来てから2日間晴れていることを、売薬資料館の籠を見ながら伝えると、「う~ん」と言って、金藤さんが来る1週間前はずっと雨でしたよ、と五差路さんは眉を下げた。

私は東京で夫が私に「あげた」という、籠を探していた。結婚する前に、確かにもらった気もするのだが、どうにも思い出せない。私は富山に仕事の用事もあることもあって、その、「籠」に似たものがありそうな民芸村に来た。正直、日常の中ではそんな些細なことは忘れている。しかし、富山に1週間行くという予定が立ったところで、急にその籠についてを思い出した。私たちはとても現代的な夫婦で、仕事では別々の苗字を使い、指輪などもいらず、つまりモダンな生活を志向した。ただ、名前や所有物については旧社会批判もあったが、「墓を守って行く」といったことについて、私はとても興味があった。それは歴史的、民俗学的な興味からであり、日々、手製の神棚に手を合わせて自身の心を安らがせていることによる、「習慣的な癒し」に後押しされた魅力であった。私も夫も、それぞれが自由だ。しかし、それは私達らしく無い、とても旧社会的なものの裏返しばかりを求めてしまうが故の振る舞いなのではないか?「籠」は、彼の曽祖母のものであったらしい。部屋の畳の中にあると、なんでも捨ててしまう彼でも、捨てることすら忘れてしまうくらいの自然な雰囲気で、ついに残しておいてしまったらしい。私たちはとても自由で、自立していて、だからこそ死んだ時にどちらの墓に入るか?といったような、避けては通れないはずの議論を、いつもし損なった。彼の家は何度か跡継ぎが途絶え、墓は分からず、一番古いものといえば籠だったそうだ。彼の、学校の先生をしていたという祖母の手先は器用で、手編みのベレー帽を見ると、ああ、こうやって昔籠を組んだ遺伝子が混じっているのかもしれない、と、思いを馳せることがあった。敬う気持ちと同時に、ある程度、触れてはいけないような、禁忌こそ感じた。人は恐れによって人を支配してはならないといったようなことが、おそらく「新しい社会」に生きる現代的先進的な人々に課されている。しかし、人間は、恐れているものについてを優先し、愛しているものについては簡単に壊してしまうような性質を持っている。人間という、身体的に見て脆いものが、代々守ってきたものを簡単に紛失していいわけがない。

私は結婚し、自由であるはずなのに、何かを恐れている。もらったはずの籠を、日常の中では紛失している。だから、せめて民族民芸村に来て、ああこういうものか、と見て、言い方を間違えてしまうかもしれないが、なんだこんなものかと諦めてしまいたい。夫が忙しくて、私は時間があった去年の冬の話だ。

呉羽山の頂上に登ると、立山連峰が視界に収まらないほどの大きさで目に飛び込んで来た。とたん、私は脳の中でキリキリと稜線を引いて行く。子供の時に鉛筆で写生をするようになってから、私は何かものが目に入ったら、即座に心で線を引いてしまう。木にも、雲にも、山にも。境界線を強い線でひいたら、反対側はぼかし、立体感を出していく。そうやって、画面の中の材質の違いを強調するのだ。よく見て、形をとらえ、画面の中で再構成する。脳写生は私の癖であり、習慣だった。量感を、線で構成していく。全く違うものが隣り合った時には、はっきりとキワを描く。きっちりとキワを目立たせる時は、こことそこは違うものであるのだと警戒するような気分で、清々しかった。

五差路さんが、普段は富山で山を見てもそこまで感動しないけど、これは、さすがにすごいですねと笑顔だった。私は普段山を見ないので、その倍感動した。その後、途中で配布されていた、様々な民芸品の載った民芸村のパンフレットを読みながら歩いていると、五差路さんが降りて行く道の脇に、「大仏」と書かれた木の看板を見つけた。

どうしてこんなところにと二人で顔を見合わせたが、せっかくなので階段を降り、民家の庭にある、6mはあろうかという個人蔵の大仏を見た。この大仏が、ただ、民家に迫らんばかりの迫力で立っている事実はもちろん、大仏が水平に首をひねってやや右に向いているのが気になった。体と顔が違う向きを向いている。そして、その目線のところに、民家の2階のバルコニーがあり、そこに、40cmほどの目籠があって、私は飛び上がった。「五差路さん、目籠が」と言って、振り向くと、そこには五差路さんの半分ほどの背丈の小鬼が立って居た。

驚きすぎて声が出なかった。しかし、相手は人間でない分、間違いなく恐れることができると言う安心感が同時にあった。奇妙な感覚だった。人は何かを畏怖する時、初めてみずみずしい美しさを手に入れると思う。そして、恐れることで、自身と自身以外の境界線をくっきりと描かせる。もっと、私たちは違うのだという、わかりやすさが、生活の中にもあればいいのに。怖い!と恐れることのできる、小鬼を見続けた私は、「あっ」と思い出して、手に持っていたパンフレットの籠のページを小鬼に見せた。。小鬼はワッと慌てふためいて、ぼやけて消えた。いつだって、相手との立場は交渉が決める。怖いものに対してでもそうだ。そのみずみずしさを、私は失っていたのだと思った。勝ったような負けたような。ともかく、籠を見せてみてよかった。

籠の吊られた民家のチャイムを鳴らした。私は民俗学の学生で、二階に吊った籠を玄関に吊った方がいいということを女性に伝えた。ああ、久しぶりのいい天気だから、吊っていた目籠を玄関に下げるのを忘れていましたよ、と返され、ふふふと笑われた。女性は今焼いたのだからといって、鰯を私によこし、カゴを玄関に下げた。私は駅で買った吉乃友を女性に渡し、もう一度観音様に手を合わせた。

小鬼はすでにいなくなり、五差路さんが観音を撮っていた。「あの目籠の場所が違ったそうです。」と伝え、あの目籠が、夫のものであるかを考えた。違うけれど、何かが正しい場所にあるということが、私たちの姿勢を見えやすくしてくれると思った。目籠は一種の魔除けで、多くの目で見られては、鬼が恐れて近づかないのだそうだ。

夕方、五差路さんと別れ、夫に電話をした。夫はすぐに出て、籠がシンクの下の戸棚にあったと教えてくれた。そんな湿った場所においてしまっては、どうりで湿っぽいやつが近づいてきてしまうわけだと笑って、彼に、お墓まいりについて、今度お義父さんに聞いてみよう、と尋ねた。お墓について、聞いていい人と、聞いて答えがない人が混ざる家族だが、そういうこともある。お墓はきっとどこかにあるのだ。籠が私たちの手元にあったように。お彼岸じゃなくても、聞いて見るという行動が、墓参りに一つ近づく作法であろう。

どこに行ったって誰かとの距離や目が気になっていたのに、今は私の体にも、皮膚を突き破って生えた目がたくさんあるようだった。いや、怖いことをいいたいのではない。自分の中に客観性を持っておくという話だ。自分に目が二つしかないなんていつ決めたんだろう。もっとはやく、この沢山の可能性に気づけばよかった。これからは、もっと冷静に、真摯に、生きていけるだろう。籠の目が私を見守り、可変する私に輪郭を与えてくれるだろうと、籠の効能を勝手に決めた。

 

 

写真提供:新井五差路

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