statement

[CV-PDF]

2022

テーマは、以前は他者の痛みへの共感を通した同情(の意味と限界)の表現でした。最近は過去の物語の再解釈を通して役割分業や人権というものをどのように守り、抗っていけるかを試行錯誤するイメージでいます。

2021

川べりで靴紐がほどけ、結び直すとき、マスクがぽたりと落ちていることに気づいた。

口蹄疫のときも豚インフルエンザのときも、みんなマスクをつけることが暗黙のエチケットになっており、清潔さを強調していた。しかし、こんなに high demandなものが、用済みだとでもいうように打ち捨てられている。その事実がひどく私を動揺させ、惹き付ける。ビニールから取り出したばかりのマスクよりも、道に
打ち捨てられたマスクのしみに心が惹かれ、こちらにこそ魂の本質が宿っているように感じる自分を発見する。
今まで、ハプニングや刺繍・小説・ビデオインスタレーションなどを縫い合わせるように作品や展示を作ってきた。キャリアの初めが舞台衣装だったが、衣装そのものよりも、その端切れがどこへ行ってしまうのか、汚れやしみの方に興味があった。
物語の主線よりも、削がれた部分。

捨てられたもの、なくしたもののしみを手当てするように
または全然違う素材が生えてきて侵略するような
不思議で怖い想像力に抗えない。

ずっと変わらないクラシカルな昔話も慣習も構造も、編み込み縫い込むことで、スリリングな表情を見せる。そういったモノたちを解釈し学び批評する喜びが私を惹き付けるし、時代の要請によっていつでもアバンギャルドな顔を見せる。それらモノたちの背景にはいつも虐げられた人々が見え隠れする。私はずっと本当の意味で人権というものに興味がある。

2020 ザ・マスクウーマン

2020年7月14日の取材で考えたこと。

インタビュアーさんが信頼できる方だった。

緊張なく話せた。

「ザ・マスクウーメン」という個展のタイトルについて理由を質問され、ざっくばらんに話していたので、確かサム・スミスの話をしたと思う。 2019年、英出身シンガーのサム・スミスに関して、BBCが「Sam Smith changes pronouns to they/them ※」と報じた。一人称をthey にするという。 「Smith said they did not feel male or female, but “I flow somewhere in between”.」 と彼自身が6か月前に言っている。男性でも女性でもないと感じる人が、「they」という今まで使われていた言葉に新しい意味を与えるアクションに、私は感じるところがあった。 今回のマスクウー「メン」の、Menは、確かに「人々」という意味がある。「男性」を指す「メン」に、男性以外の性の人間が入るよう、新しく意味を与えられるとすれば、そもそも「ウーメン」自体にも、たとえ本来はその意味がなくても、私は女性以外の性の人間が入るように、新しく意味を与えられたらいいのではないかと思った。言葉は本来の意味から少しずつ変化する。変化に直面した作品はあらゆる面で「普遍」に描写され、未来の人の誰かに、または過去の、今の誰かに届こうとしている。 このタイトルは、その主張だけではなくて、「ウー」の語感が好きであることだったり、今好きな漫画に似ている感じが入ってしまったりと、複数の理由で命名された。 複数の理由を持つ理由は、この展覧会自体が、様々な解釈の可能性を持ち、(誤解されたときには誠実に話し合う用意があり、)開かれたものにしたいという考えからだ。

2020年7月16日 金藤みなみ

※14 September 2019 Sam Smith changes pronouns to they/them https://www.google.com/amp/s/www.bbc.com/news/amp/entertainment-arts-49688123

2020

Tracing body images of strangers, Re-telling, Re-sewing and Adapting is the aim of my art works.

I describe a various powers of behaviour through intentionally imagine and trace that a body image to something else. Those art works misdirect a behaviour to a different mean, approaching relationship and potential among the ages, the modern societies and the strangers, intentional tracing and replacing fork stories, jobs, fashions and else.

Performance makes the person transform into the different role suddenly, but it emphasize oneness of body because of a unique character. It declare that there are no socially-consistential-behaviour.

Bumped into pedestrian on the street effects the performance. Then: we always set the new relations. Actually, a tapestry-stitching-behaviour makes needled-fashions.

A needle has complexly-2 faces, cruel and steady to do “shadow-works”. Using it can express the perfume of the dead-fork-story and the pure-eros. The point is it is same meaning of the body on the stage.

Under-pressured post changes forrowing what ages and society. Since Being performance-needle realizes the poison of the equality. It means to watch minority for peace.

Transrating and dancing, a number of squashed-interpretations follows the big story, allows start to consider the equality.

For revail an abyss of a various connections and potentials, it is an essential action to do performance, to make tapestries and fashions.

他者の身体的イメージをなぞり、語り直し、縫い直し、翻案する

私は、他者の身体的イメージを意図的になぞらえながら別のものに見立てることで、振る舞いのイメージが持つ多様な力を描いています。 時代や社会、他者との間にある関係性と可能性に対してアプローチするため、物語・職業・ファッション等の振る舞いをなぞりながら、意図的に置き換え、その振る舞い自体の違った意味へと誤配します。

パフォーマンスはその性質上、身体の交換不可能性を内在し強調しつつも、同時に「全く違う立場の役にあっという間に変身すること」が可能なものです。

また、パフォーマンスは状況や鑑賞者との遭遇など偶然性が強く働く行為です。そのため常に他者と新たに関係を結んでいくことになります。このような立ち振舞いは、さまざまなタペストリーを縫い繋げる針のような作業であり、実際に針を使って縫い込んだ衣装を用いることがよくあります。

針は、二つの矛盾した表情を持っています。残酷な側面もあれば、地道な「針仕事(シャドウワーク)」の側面もあります。そのようなモチーフである針を使う事で、捨てられた物語の死のにおいと純愛にも似たエロスに関しても矛盾したまま表現することが出来ます。つまり、針はパフォーマンス中の身体そのものでもあります。

圧力を受ける立場は時代や社会によって変化します。針であることによって、平等というものの毒性についても自覚的でありたいです。平等を実現するためにつまはじきにされたものに目を凝らすということです。

大きな物語を語る際に轢き潰してきた、あらゆる解釈の可能性を引き出し、翻案し、共に踊ることによって、本当に平等について考え始めることができるように思うのです。

あらゆる関係性と可能性を探ろうとする私にとって、衣装やタペストリーを含むパフォーマンスはテーマの深淵に迫るために不可欠な活動なのです。

2019.12.14

Retelling and adapting the overlooked little stories

I have a strong of incongruity and interest into the little stories and bodies that distorted and abandoned, as a matter of convenience into the story and society, and I am adapting theatrical expressions with costumes and tapestries.

Before 2018

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