28Julydialy

刺繍と絵を同じ図像で描いて小説を加えてやっと

パフォーマンスと対になるような大きさの作品が出来上がるのだなと

最近は納得した。

 

「ひとつ」何か一日にやり遂げて、それを繰り返す日々というのにあこがれていて

だけど私は

日記や小説や語学や神棚に手を合わせるとか髪を梳かすとかの

ばらばらなものをひとつは出来ていたけど、

一種類だけの継続というのは出来ていなかったかもしれず

今日も未消化なまま終わってしまったなと

自分を責めたい気分の時があった。

 

「ひとつ」を

刺繍と絵のおなじ図像+小説 に出来たかもしれなくて

飛び上がりたいくらい

嬉しい日。

lemon

「サヨナラのある関係」

「サヨナラ」って言われる数時間前に、檸檬がケーキを焼いていた。わー、美味しそうと私が言うと、タイルがプリントされた大判の紙を取り出して、iPhoneで様々に撮っていた。

「ライティングのじゃま」と檸檬に言われて、私の持ち物は全て床に降ろされていた。ああ、可愛い。

人は欲張りだな、と思う。いや、わたしが欲張りなだけか。檸檬と過ごすこの時間が手に入れられて嬉しいのに、あったかもしれない「ともだちとの花火」に誘われなくて、こんなにも嫌な気持ちになっている。誘われなくてというよりも、誘われる候補に入っていなかっただけで、我々は、言わなかっただけで、サヨナラを言っていたのだろう。サヨナラを言えるなら良い別れで、SNSがあることで私生活が剥き出しになって、別に必要じゃなかった『幸せらしきもの』に嫉妬しなくてすむのに。

檸檬は、そう言う気分になっても良いじゃんという。
慰めてくれているのはわかるけど、嫉妬なんて良くないよと返す。

『私さ、インスタで良いね付けるんだけどさ、この良いねって、例えば『とても白い』とか、『お皿が丸くて、枠線の外側への意識があって、色を3つに抑えられている』とかいう、そういうものにつけていく作業なんだよね。もう、フィードもほとんど読んでないし、ストーリーは見てて楽しいけど、渾身の一枚見ても、作業でわけていくし、写真の中の世界にあこがれることないよ。」といって、ふう、と息をついた。

親友とか、ずっと仲がいいもの、という関係のひとがいなくて、私は残念だったけど、どうしても恋愛に発展してしまう私に、このひとを呼び寄せる力があってよかった。

良いなって思えるものが、作業になってしまうような境地で、でも、仕事というよりも、やっていたい、続けることによる肯定で、彼女は彼女自身を自立させていた。

依存されるのはいい、でも、依存は自立があるからこそのものだった。

私は彼女の人生を通しで見たことがないけど、通しでみて、私との関係があったことを、喜んでくれるだろうか。

マレーシアに行く準備でダンボール3つに自分の持ち物全てを詰め込んで宅配してしまった彼女に、フィンランドじゃなくていいの?ときく。

「私のイメージ固定しないでよ」と、檸檬が笑って、こう続ける。

「ひとはさ、人の人生を、何か全体で見ようとして、あのひとは良い人生だった、このひとはどうだったっていうけどさ。幸せより幸運のほうがいいじゃん。全体で幸せより、あっラッキーみたいのと、サヨナラってのを、潔く、書き連ねていくわけよ」

檸檬は本当に所有物が可愛いけど、旅というか移住というか、持ち物が極端に少なくて、たくさんの可愛いものを、全部メルカリで売ってしまった。私の家に彼女の持ち物は何もなくなってしまった。

比べて私は、社会の衰退や職場のマナーに悪態をついてばかりの日々で、檸檬が、あはは何それ~、サヨナラのない関係性続けるなんて不思議~と、iPhoneから写真や音楽を軽やかに削除しながら笑う。檸檬の本名なんて知らない。だけど、彼女はインターネットではずっと lemon で通していて、代官山に持っているオフィスに全ての郵便物が届くようにしていて、私みたいに気が合う人が見つかると、もちろん色々な相性はあるとは思うが…子猫のようにするりと、生活のなかに滑り込んでしまうのだった。最初に檸檬に言われたのは、「6ヶ月だけだと思う」ということだった。何が?みたいに、とぼけて答えてみたかったけど、あの美しい瞳に見つめられてすっかり参ってしまって、ハーゲンダッツの桃味を贅沢に食べながら、私の狭いシングルベットに檸檬も一緒に収まり、溶け合った。

じゃあ、ちょっと一ヶ月はやくなったけど…と言いながら、檸檬は玄関に食卓に飾っていた鮮やかな花たちを輪ゴムで止めてスワッグにしてくれた。そして、逆さまにして天井から吊るした。なんでなんで、と言って、駄々をこねてみたかった。だけど、彼女のポリシーがあってこその彼女の自由を、私は尊重したかった。もう心はずたぼろだった。檸檬がうちに来てから、タバコはベランダでしか吸えなくなったけど、代わりに部屋は水切り花に溢れ、良い香りにむせ返りそうだった。私はむわっと暑いベランダに出た。檸檬は、「どう思うの?」と聞いた。どう思うって、私がどう思うかってこと?と、バカみたいに聞き返した。私は、檸檬にそのままでいてほしくて、出発前に、喧嘩なんかしたくなくて、へらへら笑っていた。檸檬は「私はあんたと喧嘩したい」と言って、散らかったタバコのカスをサンダルでバシバシと蹴り飛ばした。檸檬らしくないなと思った。お土産よろしく〜なんて言いながら、檸檬ともう二度と会えなくなることをゆっくり受け止めようとしていた。現実には目の前に彼女がいるのに、タバコが嫌いな彼女がベランダに出て来ているということが、風景を幻みたいにしていた。颯爽と去って、またInstagramに美しい白い写真をアップして、私を泣かせて欲しい。ぐしゃぐしゃ泣いて鼻水たらして、檸檬に恋い焦がれていたい。だけど、泣いたのは檸檬のほうだった。いつも終わりを決めるのは、先に泣かなかった方だ。信じられないことに、私はうっかり彼女に勝ってしまった。かわいそうな彼女は、自分が泣いているということが悔しいのか、何度も舌打ちしながら、怒ったように押し黙っていた。彼女のような美しい人にとって、この世の中は無秩序でめっぽう汚い地獄のような場所だろう。もうバス行っちゃうよ、と言い、譲歩して、私の原チャの後ろに乗って行ったら暑いよ?、と問いかけたら、暑くていい…、と言われたので、私はTシャツに着替えてヘルメットを投げた。うちから銀座は案外近くて、銀座からのバスに乗れば成田に十分間に合う。Tシャツのせなかの部分がどんどん濡れて熱くなって言って、私はドギマギしながら、なんだかこれじゃ私が檸檬を振ったみたいだと思って解せなかった。私は檸檬を愛しているから、振られたって振ったってどっちでも良いんだけど、思いがけない引きずる失恋も、私たちの最後にはふさわしいかもしれないな、と思った。銀座のバス停にまもなく着くと言う時に、檸檬はやっぱり東京駅から行くと行った。東京駅も経由するバスなのだ。この酷暑に、勘弁してくれ!と私は実際に叫びながら、やっぱり彼女を東京駅に送り届けた。東京駅の丸の内側で、汗でべとべとの私から走って離れた彼女が、iPhoneで私の方を撮影し、戻って来た。「ありがと!ありがと!」と言って、すっかり元気になって私の手を握ってピョンピョン飛び跳ねたあと、手を振りながら、「じゃあね!」と行って、走って去って行った。眩しいくらいの笑顔だった。心も体も濡れぞうきんのようになった私は、かわいそうに、財布を忘れてきたので、カフェで物思いにふけることもできず、原チャで小さい公園まで走って、レモンのインスタをチェックした。原チャの私が映ってるんだろうかと思ってワクワクしていたら、なんと、見事に美しい東京駅だけが写っていて、私は影すら見つからなかった。あまりに鮮やかな色だった。なんだか一気に力が抜けて、これでこそ檸檬だぜ!と思って、私は笑ってしまった。旅に幸あれ、たくさんの幸運が、君に訪れますように。そういえば「最後はサヨナラって言って去るの!」と言っていたのに、言われ忘れていた。かといって、妙にひっぱるような「またね」じゃないだけ良かった。私は帰りに思いっきり泣きながら帰るか、と思って、「僕をだましてもいいけど」も「本当のことが見えているなら」も、すでにやってしまった思い出とともに走りながら、旅立つことを勇気を持って決めた彼女の為に、「サヨナラ!」と歌った。

meichang

以下は全てフィクションで、書いている時に切ったり避けたりして、お話の中から溢れてしまったものです。よかったらどうぞ(完結してません)

1.

ストーカー被害から自分の体を守るのに、こんなにお金がかかるなんて知らなかったってことを、いったい誰に言ったら良かったんだろう。私はフロントにタクシーを呼んでもらうために、9番、と隠語で伝えて(隠語で伝えなくちゃならない!)、友人の家に行った。

もっとお金もらった方がいいよ、と、友達は言った。もっとお金・・と、思っても、これは私的な関係なんだから、ただの欲深い女に見えないだろうかということに、心が参ってしまいそうだった。もらって、郵便ボックスに差出人不明の手紙が届くまえに、郵便局員でない人間がポストの前に来たら、声をかけてもらえるようなボディガードをやとわなければ。

2.

メイは、パーティーに行きたくなかった。

なぜかというと、まず第一に、無意識の間に、自分はキャバ嬢として振る舞ってしまうからだ。 第二に、行くことの意味がわからないからだ。結婚関係はもちろん、友人関係ですら、雇用関係のように、明快に、開始期間と終了期間、会話で使っても良い言葉やテーマの範囲を定めて欲しかった。ほとんど、知らない人、踏み込んだ会話をするときに、「それは旧時代的なセクシャル観ではないか」などといちいち考えてイラつくのが止められなかった。

<この人とは、役割強制的な会話は不要>などと、ひとつひとつ定めて行きたかった。同居人、なんかはわかりやすい。友人ではなくて良い、ただ、事実として同居している、そういう関係である有里とは、2年間の契約をしていた。 無駄な会話をして、自分で勝手に傷ついてしまうから、パーティーには行かないように気をつけていて、だから、有里と遅い夜の食事をしてから、気づいたら近くのマンションの地下で座ってアコースティックギターの演奏を聴くハメになったことを、本当に後悔していた。地下の談話室には、演奏者の若い男と有里の同僚たちの計5人が座っていた。東京で部屋を借りるためには、労働者2人以上が共に暮らして新住民税を下げることが習慣化していて、談話室は広めがスタンダードだった。家賃は安くても、一人で借りると税金は高いのだ。風営法でクラブやライブ会場は全て閉鎖され、ダウンロードも強く規制され、アップルミュージックは提供終了してしまっているので、ほとんどの音楽は民家の談話室に持ち寄りなのだ。終電で絶対に帰ろうね、と、有里に懇願して、我慢しながら時計を睨んでいたら、有里は「今日は泊まっていくね」と言った。メイはかなりきつい気持ちになって、有里に、「契約は?」と言った。

3.

息子の助け (それぞれの事情、事情に私は興味がある。これは単純に育児ノイローゼなのだと思う。私の、私たちの子供が生まれる以前の、あるいは生まれないとしても。)

花男が私のことをじっと見ている。ユーレイだ。いや、私の妄想だ。いや、これだけは根拠なくはっきりと言えるが、彼は私の未来の息子なのだ。 「だから、毎日基礎体温つけて、今日から期限悪くなりがちなPMSだよとか子供できる日だよとか言ったじゃん。良いから抱けよ殺すぞ!」 と、夫に叫んだ夜、花男(はなお)は私のそばにやって来た。

結婚する前からセックスレスの私は、「やっぱり子供が生まれてから結婚した方がいいんだな、昨今は」と自嘲気味に言って、PC画面だけを見つめてぼやんとした返事をする夫が「落ち着きなよメイちゃん」と言ってくるのを、何の感情も込めずに見つめた。

「子供を産んだら、助成金が出る社会だったらいいのにね」と夫が冷静に言って、私は「わかってるよ、ごめん、ごめん、PMSが…」と、泣いてしまった。ユーレイみたいな、妄想みたいな、小学校低学年の風貌の、だけど高校生くらいに見えないこともない、透けて見える男の子のいる日常は、ちょうど一ヶ月前の四月に私の肌に濡れたシャツを着てしまうように始まり、私の日常に馴染んで、私をますますノイローゼへと追い込んだ。私たち夫婦は貧困層で、結婚適齢期で、子供を産む適齢期で、でもセックスがないから、子供がほんとに産むことができるのかといったことがわからず、不妊治療の知識が私の中に溜まっていった。溜まって淀んで、きちんと会話できているはずで、二人の収入を合わせればなんとか200万にはなるが、税金に怯え、けれど切り詰めているわけではないような、のんびりした、子供は持てないレベルの、不安な日々を送っていた。家計簿をつけていれば、自由に使えるお金がいくらかあることはわかった。親にも少しだけ頼れる甘えられる環境だ。だけど、夫が、アレルギーで体が弱くて、セックスの前に疲れてしまっていて、もしかしたら私に魅力がなくて、もしかしたら日本で子供を持っても大学には行かせられないくらい、未来へのビジョンがなくて、ああ、考えるほどに、私が立ち回ってできる範囲の子づくりはもう手を尽くした。夫はもう疲れてしまって子供についてまともに話せない。それどころか、貯金用に渡したお金を使い込んでいた。私が掃除をしていたら、紙に口座番号が書いてあって、だけど支店番号が書いていなかった。ああ、振り込んでないんだ、と、なんかがっかりして、切なくなってしまった。

「お父さんにはがっかりしたよ」と、花男に向かってつぶやいた。花男の教育に際しては、お父さんの悪口を言わないほうがいいだろう。だけど、どうしても言ってしまった。生まれる前の花男は、「僕大学に行けなくても大丈夫だよ」と言った。そして、ベランダのランタナをしげしげと見つめていた。

ーーー

こんな感じでした。メイちゃんの話はもうちょっと書いてもいいかもしれない。

fashion

ストッキング脱ぎ捨てて好きな靴下を穿い私は自由!ってやってる

 

もうすぐ地底旅行を読み終わるのが悲しくてロスト過ぎて同人誌書き出しそう。

english

そういえば、私はたぶん最近までどうして英語で話していきたいかって、話せることで「加点」されようとしてたのかもしれないなって思った。

ちゃんと通訳していただけて、やっぱり大事なのは作ってるものだし、英語なんてどうでもいい。最近は相手が言ってることをより理解したいって気持ちで英語勉強してる

Story

ストーリーというのは、恐怖を作る。

 

同じウサギが並んでいても、タイトルが違うものがついていると、違うストーリーとして語られる。

write

日記

◇手紙とお礼

手紙でお礼を述べる時、だいたい感謝には定型があって、

序文と末文で囲って事前に作っておくと、本当に感謝した内容について

じっくりと書けて大好き。

 

ペンを持っている手が、伝えたいことを真ん中で書いて、それ以外の飾りを広げていく手順を観察すると、手のひらが花開いていくみたいだと思う。(フリック入力とキーボード入力についてもそれが言えて、フリックだと小さな思いつきを開かせるイメージだし、もっと書きたいと思ったら手のひら全部使うキーボードを使う。)

 

◇毒山さんの展示を見る前にメモ

私はふつうに生きていたら、マスコミのことをマスゴミという人間だったと思うけど、ジャーナリズムを魂にしている夫と結婚して、そういう風に思えなくなってしまった。

見る前にこういうことを言うのはどうかと思うけど、見た後に気持ちも変わると思うから、毒山凡太郎さんの慰安婦へのインタビューの作品を見る前に書いておこうと思う。過去の体験を、相手が拒否するのにも関わらず聞くような姿勢は、私にとっては腹がたつし関らないで欲しい。だが、夫に言わせれば、ジャーナリズムはいつも「踏み込む」。

人は初めて会った人に心を開くのに時間がかかる。だから、最初に会った人から、「核心」をすくい上げるには、ギョッとするようなことを聞くのだと。

ジャーナリズムとして、全員が傷つき、すくい上げるべき光る物が取り上げられれば万歳だが、ジャーナリズムもどきの、相手に聞く姿勢そのものを「丁寧っぽく」見せるアート作品はたくさん見てきた。そういう作品は、ジャーナリズムとしては価値がゼロだし、アート作品としては愛がない。

noruhasymposium

「肉が柔らかくなるまで未来について話す」のシンポジウム、ありがとうございました。勉強させていただくつもりで行って、ウワッもっと話したいワアとなったところでお開きで、3hというのはあっというまですね。

 

上演について

円盤に乗る派 ッして帰路なのだが、北千住の地上にいた人たちは地下でこんなに愉快で切ない上演がされていることに気づいてるんだろか。地面の下でこんなに生活している。ちょっと壕を掘って寄り集まってるみたいな気分だった。

 

確かにポーズは面白い、それぞれの役者の身体が特徴的で愉快で笑えてしまう…、なのだけど、その笑える点は、「自分にしかわからないだろうな」と思いきや、周りも笑っているので、「あれッ、これってもしかして弱者を笑っていることになってしまっているのでは?」と、自分が笑ってしまったことに自分でヒいてしまう。滑稽さを笑ってしまう自分に気づいてしまう。最初っぽいシーンのポーズを見て、「やはりカゲヤマくんは天才では…?」と思ったので、ぜひみてほしいな。7月10日(火)までだそうです。

ウェブサイト

competition memo

コンペをやってる時はわりと息が苦しいので、別人格でやるしかないよなと思っています。

なるべく、やるぞっていうことはやるのですが、絵でも、刺繍でも、衣装でも、抽象でも具象でもどっちでもいいけど、どっちでもいいんだぞってことをちゃんとやることには気をつけているので。

 

コンペのメモは、もうgmailになんでも書くんじゃなくてこういうとこで書いてもいいかもしれない。

competition memo

http://mmag.pref.gunma.jp/exhibition/schedule/image/bien/GBYA2019_A3.pdf

群馬青年ビエンナーレ

coffee

好きな料理の写真をアップしている人の写真に、「ごみみたいな写真でショックだった!」と、その料理のファンの人がコメントをぶら下げる。それを見た私もショックを受ける。私がなやんでいることは、いつも小さなこと。「小さなことの方がひきずるよね、大きなことは思い切り打ち返せるのにね」と、友人がなぐさめてくれた。

 

写真は最近通っているリカーショップで挽いてもらったコーヒー粉。深煎コロンビアブレンド美味しい。アイスコーヒーにあうそうです。

20180630

この付け合わせのとこだけ夫に食べてもらったけどそれぞれうまい。そしてメインの 頂き!成り上がり飯のサンドイッチほんと美味しいーツナはしっかり水気を取ってパンはトーストしたよ。私はケニー派。

Peoplewhoneedhelp

日記。

今日は義理のお姉さんたちに会うんだ〜楽しみ。

東京土産に、コレド室町地下の日本橋案内所のお土産いい感じだったー。まころん買ったよ。

 

 

さて、困ってる人について。

あいつは危険因子だみたいな意味で、は〜〜、困った人ですね!困ったちゃんですね!みたいな表現ってあると思うけど、こまったちゃんなんていないんじゃないか。ただ、現在進行形で、困っている人がいるんじゃないか。

 

鍵をなくしてしまったり、みんなのライングループでいくら質問されても返事ができなかったり、毎月の入金を忘れてしまったりする。そういう人は、ただただ、自分で、困っている最中にいるんじゃないか。

20180628

日記。

あんスタをはじめたんだけど真波目指して10000km目指してたのでかなり辛い。。もう保健室行きたくない。ポチポチゲーは無理だったかなぁと思ったんですが、カードのストーリー面白いですね。サブストーリーではまるかもしれない。真くんとアドニスくんのキャラがつかめなくてはまるかもしれない。

4日間休みがあってあんすたしてたんですが、あれですね。4日やすむと4連勤苦にならないし、観光案内もできるし、夕方は事業計画とか財務計画とかもたてれちゃいますね。四連続休みはおすすめ。

 

そういえば

 

この記事良かったです。

適切な人の配置があるように、お金も適切に配置すべきという考えを持っている」とのこと。

 

trashtalk

陰口について考えてみたんだけど、どこまでも一面陰のない世界になんて生きていけないし権力者の作った幻想でしょう。そして、陰で深いものや今熱いものなんかについてを学ぶ。一緒に陰者になれない人間ってのは寂しい人間だし、どこまでも白くて本当につまらないと思う。

世界を見渡して見ても、やっぱりスラングが一番口に出されているでしょう。だから、「悪口や愚痴を言ってばかりの場所からは逃げなさい」というのは真理やと思うけど、その陰湿さや陰の中で、一緒に悪者になれる人にだけ与えられる何かというのはある。

 

 

※でしょう、でしょう、ばかりの気持ち悪い文になった。

6月16日の #tttv 。女の子の「セブンイレブンの準備してるの?」について

www.tokyoartbeat.com

【セブンイレブンをコピペした中央本線画廊での美術家・トモトシの個展について、警察への通報があった際に現場にいた私が見た状況と思ったことをテキストに書いたものです。美術というものの社会的状況におけるアクティビズムや政治主張的な運動として消費されていくだけなのは、少し作品の核心部と違うと思うので、現場にいたり作家一個人の姿勢のようなものを(※)わりと継続的に見ている人間の一つの感想として読んでいただけたらと思います。作家にべったーじゃなくてもいいんじゃない?って言われたので、ここで…】

 

トモトシさんはこの動画群を世に出す前に、かなりの割合で「撮影失敗」している。
例えば、メルカリでミニストップの制服を購入し、ミニストップに行って「掃除しますね」と店員に声をかけて掃除したり棚卸しをしたりする。彼曰く、「20件行って4件くらいOKされる」とのことで、見事に4/5は不審がられて断られている。

私はその話を聞いた時、「この人の気持ちの【もち】はすごいな」と素直に感心した。
私だったら、確実に成功する方法を選ぶか、旋風のごとく押し通す。
しかし、トモトシさんは、じわじわと、成功の5倍くらいの失敗案件を重ねて、いわゆる世間に、「うっかりオッケー」をもらって、監視カメラに映っていても違和感がない、いやしかし、アルバイトでもないのに実は掃除をしている謎人間をカメラにおさめることに成功する。
厳しいことを言えば、私は彼の「フルーツとしてお金を売る」は、とても好きな作品でありながら、どこか牧歌的で、コミュニケーションをとることを対価にしすぎているようにも思っていた。彼はよく自分の作品を「ワンアイディア」というが、それはよくも悪くもその通りで、「ワンアイディア」を世間に投下することによる波紋に、期待を抱きすぎているように私には思える。

今回の展示においては、cctv的な作品群が並べられているようにも思えるけど、見る側からすると、すぐに没入できないというか、作家のアイディアに辛抱強く入っていける余地が残されていないように感じた。あるいは、見る側はそんなに気持ちのもちが良くない(ように設計されている)。インスタレーションの展示は、シングルチャンネルなら誰がインストールしてもなんとか見ることができると思うけど、今回の多くのチャンネルを見せる作品は、それぞれの意図がほとんど違った問いを狙ってばらばらに作ったものなので、どうしてもツルっと画面を見て終わってしまうように思う。それこそ、「フルーツとしてお金を売る」でお金を買った人くらい、足を止めて作家の意図をじっくりどっしり聞いてくれる人が、じわじわとその良さを楽しめるような設計だと。

話は変わるけど、私が来た時に、ドアが開いて、黄緑のパーカーを来た方が、「お店の子?」と聞いて来て、私は違いますが入れるみたいですよと答えた。その人こそ、苦情通報の本人だったわけだけど、警視庁の服を着た人も来て、その人は割とおおらかで、しかし、「パロってるならちょっと変えないと」とか、意図とずれていく、市井の意見も聞けたのが良かった。

そして、外のソファで本を読んでいたら(トモトシさんにその騒動の録音?を送信していたので待っていた)、小学生の女の子が通りかかって、私に、「セブンイレブンの準備してるの?」と聞いて来た。セブンイレブンの準備、してるのかもしれないね、どうしてそう思ったの?と聞くと、「セブンイレブンだから」と返って来た。準備に見えるということは、ここは、まだセブンイレブン未満なんだろうけど、でも準備をしていると思えるくらい、ほぼセブンイレブンなんだと思って、ちょっと感動した。私は、こんなに大変な思いや、信じられないくらい、私だったら2回くらいでめげてやめているであろうことを、コツコツと、とりあえず意図となんとかぶれないように注意して続けている作品が、これはすごいな、と思った。(批評じゃなくて友人論になってしまったのが恥ずかしい。)
そういえば、警視庁の人が来た時、トモトシさんが黄緑パーカーの人に、「みんながちょっと笑顔になれるようなことがしたくて」と言っていて、私は嘘つけよ、と思ったけど、よく考えたら、トモトシさんにとっては本当にみんなを笑顔にしたいのかもしれない。私はそれは美術とは違うと思うけど、トモトシさんが捕まり慣れしすぎて「みんなを笑顔にしたくてやったんですよね」といったわけではなくて、マジで、マジで本心でみんなのために、なんだか、もはやテーマとかとかなりずれてるかもしれないけど、むしろずれすぎて、一周してドストライクど真ん中に、「不思議な社会」への提起というテーマに届いてしまっているのかもしれない。私は「みんなが笑顔になれる」ていうのは美術とは違うと思うけれど、でも。

 

※作家一個人の姿勢というのは、彼のスタンスが世相の反映を切り取ったものでも、表現というものの現代の社会的な立ち位置を代表したものでもないということだ。彼の今後の動きが注目されるが、少なくとも私だったらそうじゃないかという考えでしかないが、彼は既存の考えで捉えられる程度の「これが今の社会だよね!」的なものの代表として扱われることを、ひどくむずがゆく思うのではないか。

paint

絵の具を新調した

右は、もともと使っていたもの、左は新調のもの。

パステルブルーをゴールデンのアクアブルーに変えました。

ゴールデン、韓国時代から使い始めてほんとすき

パステルブルー PB15:3

アクアブルー PB15:4

nairikusen

kitakita で、バター餅などをいただいてのんびりし、電撃さんにも会って、よかった。

時間を確認して、内陸線へ。

「自炊するんだよ」と、宿泊予定のゲストハウスORIYAMAKEを設計したまでぃさんより。

夜ご飯として鶏肉とかししゃもとかを電撃さんと買いにいった。

今、秋田で秋田犬をモチーフにする動きがあるみたい。

時間によって、マタギ車両が走ることもあるようです。

最後の日に阿仁合にも行けるんだけど、あそこも三角形の良い駅です。

阿仁前田駅直結のクウィンス森吉で、温泉。

露天もあって、近所の人も来ていて、よい。

織山さんが迎えに来てくださり、車でゲストハウスへ。

 

これがまでぃの設計したゲストハウス。

この窓を、二日目に私は開けられるようになった。

キツツキが開けた穴をイメージした穴が空いている。

こっちが、キツツキが開けた穴。

 

こちらは、キツツキが開けた穴をイメージして開けた廊下であり、窓。

クロモジ茶を入れて頂きました。

 

フロント。昔からあったタンスを半分にしてフロントの机にしたそうです。

こんな感じで、昔からあるものを上手にリユースしている。

しかし、新築で建てたほうが500万は安いそうです。

それでも昔からのものを使う方を選んだ織山さんはすごい。

こちらは、西オーストラリアから一ヶ月秋田に遊びに来た小学生が伝えた遊び。

ワロック。

west

Australia

で、W A

の、石 rock だそうです。

 

絵付けをした石を、隠して、見つける遊びです。

私も後で阿仁合でひとつ見つけました。

 

takanosu

朝はモヤモヤしてしまっていたみたいで、夜は浅くしか眠れず、そのまま5時半に起きて6時頃出て、モノレールで空港へ。

トーストを食べた。

マイル貯めることはないと思うけど、なんとなくマイルが貯まった。

飛行機見ながらコーヒー飲むの良いですね。

窓をずっと見ていた。山が多くて、平地が少ない。人が住めるところって本当に平地なんだなあ。

結構あっという間についた。

ちょこっと早くついた気がする。

ゆっくりしてたら、バスがあと五分で行きますと言われて乗った。

 

建築や内装などをしている友人の仕事場についた。

観光案内所に行って、kitakitaって言って通じなくて、前にあったkitakitaの場所は空所になっていたので、向かいの河哲倉庫覗いたら、kitakitaだった。

二階から見るとこんな感じ。良いスペース。

昼は大盛り有名なナポリタンに来たけど、食べきりたいから、少なめでお願いしますといった。

確かのど自慢をみた。

佐金酒造さんにまでぃさんと行って買ったお酒。

横手のお酒です。

日活書店で買った湊かなえ。「空の彼方」という短編がとてもよくて、囲炉裏の近くでひとつだけ読み切ってしまった。

帰る前にもう一度鷹ノ巣戻ると思ってたけど、根森田を満喫してしまってギリギリまでいてしまったので、やはり久しぶりに会えたあの一瞬を大事にしてよかった。

 

根森田

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飛行機で大館能代空港について、デザイナーの友人の観光案内所に立ち寄って、内陸線で阿仁前田駅へ。

駅直結の温泉で温もって。

 

宿について荷物を降ろして、シャボン玉したり絵を描いたり。

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川の魚を隣の方が釣ったとのことで、いろりで焼いてもらいました。私も串に刺したよ。

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クロモジ茶を入れてもらいました。

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もろに、と言って、マタギが山に入る時、燻して体を清めるそうです。

※追記 もろび、だそうです。

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いろり。

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雪靴だそうです。

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二日目。おにぎりです。

いぶりがっこという漬物が美味しすぎて、三日目に探して購入しました。

 

ツアーにしてもらって、小又峡の三階滝を見てきました。

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杉がぽつんと。太平湖です。太平という会社がダムを作って、このダムは相当古いのでほぼ野生の感じになってます。

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今の時期ものすごく咲いていた牛ツツジ。牛が食べないそうです。

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大穴のなかに石が入って、円を描くように回って大穴を削り、また穴が大きくなるんだとか。

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夜はきりたんぽです。
私も5年ぶりに作りました。

 

いっしょに出てきた「がっこ」と「はたはたのお寿司」が美味しくて忘れられないです。

 

 

5年前のアーティストインレジデンスぶりに根森田に来ましたが、満喫しています。

良いお宿ですねと言われるんですが、最近できた良いお宿なんです。

 

Guest house ORIYAMAKE というところです。

https://www.oriyamake.com

Airbnbに登録しての予約になります。

 

私は鳥を捌く体験も前にさせていただけましたが、そちらの体験はいつもやっているのではなくて、年に一度くらい企画するそうなので、織山さんに聞いてみてください。

 

こうやって、一度滞在したところにまた帰ってこれると良いですよね。

「また来ます〜」っていうのは、簡単なことじゃないけど、シンプルなことで、たまたま時間をとれて、タイミング良く安心して宿泊できる「場所」が待っていてくれたのでできた旅行でした。いろいろな巡り合わせに感謝です。

また新しい体験をさせていただけました。

 

まだいくつか写真があるので、また書くと思います。

past

過去は思い出、思い出は形

今年の5月の楽しかったデート、友人との遊びをトラベラーズノートに書きとめた。その友人とパンを食べながら、「中学の時は友達が全然いなくて本読んでた。その時間はとてもよかった」ということを言った。言って、帰ってきてから、私は引っ越す前に金沢でちゃんと仲良くしてくれていた人たちのことを思い返した。劇団さくらんぼで同じ年だった中野さんは本当に優しい子で、大体の人間はこのように優しい人間ばかりだと思っていた。小学校も同じで、最初に縄跳びをしてるところに近づいて言って、「集団下校が同じ!」ということでよく遊んだあかりちゃんまゆりちゃん。喧嘩の内容なども思い出せるほどに、ささいなことで喧嘩して、本当に素晴らしい日々だった。友達にも終わりがあって、私は引越しをしたので、劇団が同じだった子に至っては連絡先もぜんぜんわからない。ぜんぜん友達がいなかったとき、それでも自分は「前に友達がいて、一緒に歩いたり公園にいったりした。だから私はだいじょうぶ」ということがわかっていた。いつでも未来しかみたくない、というよりも、「過去は、今を温めるためにとっておく」というほうが、私は好きだ。思い出はまた、今に形作られるのだから。

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