明るくて苦言

叔父は、主義の無い仕切りをしたがる、他人の繊細さに土足で入ってくるような人だったので、僕はなるべく彼の飲み会に参加しないようにしていた。前に飲んでいたときに話した、仕事がこういう条件でも良いかという話を、あろうことか僕の職場の先輩にしてしまって、大事には至らなかったものの、僕は随分憤慨したものだった。

ただ、家族経営の北陸の酒蔵の、時々電話がかかってきて予約を受ける見学コース(といっても、蔵の鍵をあけるだけだが)の仕事は、叔父と母と兄と僕だけで行っていて、あまり人気もないので、とりあえずほとんど叔父任せでいた。

 

そんなときに、叔父が風邪を引いたということで、僕に電話がかかってきた。明日の見学を、変わってくれないかということだった。明日は友人とライブを見に行く予定で、それは夕方からだし、実はそこまで興味のないバンドだということも手伝って、僕は友人にキャンセルの連絡をした。それで、夜に変わってもらうか決めるということだったが、また電話がきて、夜ではなく明日の朝7時に変わるかどうか決めるので、また朝に電話すると言われた。もし変わらないことになっても、それはそれで面倒くさいなと思った。いけるいけないいけるといったやりとりをすると、相手には本当に嫌な印象を与える。しょうがないので友人に曖昧なことは送らず、明日の予定はあけておいていた。朝起きると、母を含む全体メールで叔父が薬で復活しました!お騒がせご心配おかけしました!見学は僕がやります、

とメールが来ていて、僕はわりとがっくりきてしまった。治ってよかった、とは思うが、結局はこの人は僕が振り回されたり、他人を振り回したりしたくないという気持ちについてはわかってはくれない。

 

それで、昼頃に叔父に会って、今後はやっぱり夜に決めてほしいわ、と、まあ嫌みか嫌みじゃないかわからんさっくりと言ってみると、(僕は小学校まで金沢にいたのでわりと京都的な嫌みを言うキャラだと思う)突然叔父は、「は?」と言った。

 

叔父は、たまから電話で確認して、聞いただろうが、それは、ものすごく気を使ってるだろうが、気を使ったつもりやけど、その予定は復活できないのか、そんなことに今気づくなんて、学べて良かったな、と、俺が言うことじゃないかもしれんけど、と、まくしたてた。

 

僕の中の常識としては、そんな風に気軽にスケジュールを入れたり出したり、ところてんじゃないんだから、できない。相手の予定や時間を、適当にみているやつだと思われかねないので、当然復活できないってことが、叔父には、伝わらない。なぜ相手の時間を大切にする態度というものが伝わらないのだろう、と思うと同時に、他人の繊細さに土足であがるタイプの彼でもって、いわゆる嫌みのようなことを、言ってみることもあるんだなと、妙なところに新鮮味を覚えて、言われている言葉に対して、そこまで嫌な気持ちにならず、驚いていた。

 

自分が、相手はこういう人間だと決めてしまっていても、他人はそこを軽々と越えてくる。面と向かって嫌みをいうところが、嫌みとしては甘いが、それでも、自分の中の叔父のイメージが書き換えられ、更新されたのだ。人間の豹変する姿をみるのが、興味深いんだなぁ、と、なんだか納得してしまった。

 

 

黙っている僕に、まあ、今日が良い日になるとええな、と、言った後、俺のせいですみませんでしたね、と、変なトーンで言われた。嫌みにも聞こえるし、本当に謝っているようにも見える。何にせよ、どんなに嫌でも、少なくとも言葉にしてもらわないと何を考えているのかは他人には分からないし、こうやって、嫌なことを嫌だと言っていくしか無いのだろう。

 

 

最後に、こんなに辛気くさい蔵も、こんなに明るいおじさんに大切にしてもらえて嬉しやろなぁ、と、叔父に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で言った。これからも変化し続ける、俺の最大級の賛辞を込めて。

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